人形佐七捕物帳012
謎解きよりも活劇、それが時代物の面白さ
「座頭の鈴」（横溝正史）
（「完本 人形佐七捕物帳一」）
春陽堂書店
大店の旦那衆の会合で
伊丹屋藤兵衛が持ち出したのは
｢座頭の鈴｣。前年の秋、
湯治帰りの道で出会った
瀕死の座頭から
鈴を託されたのだという。
会が終わり、
帰途についた藤兵衛の船と
すれ違った屋形船には、
血まみれとなった座頭が…。
横溝正史の時代物、人形佐七捕物帳の
第十二話｢座頭の鈴｣です。
伊丹屋の大旦那藤兵衛を悩ませる幽霊。
それが本当に幽霊なら、この短篇は
ホラーとなってしまうのですが、
時代物ミステリである以上、
そこには事件が隠されてあり、
当然、悪人たちが蠢いているのです。
【捕物帳〇一二｢座頭の鈴｣】
伊丹屋藤兵衛
…瀕死の座頭から鈴を受け取る。
座頭の幽霊に悩まされる。
与吉
…藤兵衛の息子。堅物。
幽霊に怯える父親について
佐七に相談を持ち掛ける。
お米
…藤兵衛の愛妾。
紋弥
…藤兵衛に鈴を託して死んだ座頭。
駒代
…芸者。
藤兵衛の鈴の話に強い興味を示す。
吉蔵
…船頭。三十前後。新入り。
林家三治
…落語家。怪談噺が十八番。
辰…佐七の乾分。
お粂…佐七の女房。
佐七…人形佐七と呼ばれる御用聞き。
本作品の味わいどころ①
座頭の鈴の秘密、
なんとダイイング･メッセージ
この藤兵衛が所有する｢座頭の鈴｣、
それが幽霊を
呼び寄せているらしいのですが、
佐七がその謎を早々と解き明かします。
鈴のからくりを見抜いた佐七は、
そこに人間の小指の骨を
発見するのです。
おそらくそれは座頭が死の間際に
食いちぎった下手人の指。つまりは
ダイイング･メッセージなのです。
ホラーに見えて、実は本格ミステリ。
ストーリー･テラー横溝の技を、
じっくり味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
怪しい人間たち、その正体は？
登場人物はいたって少ないのですが、
怪しい人物がかなりいるのです。
佐七一家と被害者･伊丹屋父子以外は
すべて怪しい行動が目立ちます。
芸者の駒代は
早くから藤兵衛の話に興味を持ち、
その帰路の屋形船に
わざわざ自分から乗り込むのです。
屋形船の船頭･吉蔵も、
どうやら前科者らしく、
悪者らしい雰囲気を醸し出しています。
幽霊もどうやらからくりがあるらしく、
別宅で療養中の藤兵衛に付き添う愛妾･
お米が何か一枚噛んでいそうです。
そして突然浮上する落語家･林家三治。
この男は事件とどう関わっているのか？
横溝得意の怪しすぎる人物配置を、
続いてしっかり味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
謎解きよりも活劇、
それが時代物の面白さ
佐七の謎解きは
｢座頭の鈴｣に入れられていた小指を
見つけただけで、金田一のような
推理の冴えはありません。
それよりも体を張った大捕物こそが
時代物の醍醐味なのです。
本作品の山場は、
｢実は座頭の姉だった女｣が、
｢座頭殺しの下手人｣を
追い詰める場面なのですが、
残念ながら逆襲され、
手籠めにされそうになるという
ギリギリの瀬戸際で、
佐七一家が到着、無事下手人を
取り押さえるという展開です。
時代物の場合、
証拠を分析する方法は限られています。
したがっていかに活劇を盛り込むかが
大切となるのです。
謎解き以上にさえわたる佐七の活躍を、
十分に堪能しましょう。
さて、本作品は辰と豆六のうち、
辰しか登場しません。
本書｢定本人形佐七捕物帳第一巻｣では、
第六話｢非人の仇討｣の段階で
辰と豆六の二人が
子分としてそろっていたのですが、
第十二話の本作品では
辰だけの登場となり、わざわざ
｢この時分、まだ豆六はいなかった｣と
説明が加えられています。
人形佐七捕物帳において時系列が
いささか不明瞭となっているのは、
横溝が改稿に改稿を加えた
結果なのです。
このシリーズ、事件と事件の
前後関係は分からないのですが、
その分、どこから読んでも愉しめます。
人形佐七捕物帳、全10巻で全180話、
十分に味わいましょう。
【「完本 人形佐七捕物帳一」】
羽子板娘
謎坊主
歎きの遊女
山雀供養
山形屋騒動
非人の仇討
三本の矢
犬娘
幽霊山伏
屠蘇機嫌女夫捕物
仮面の若殿
座頭の鈴
花見の仮面
音羽の猫
二枚短冊
離魂病
名月一夜狂言
螢屋敷
黒蝶呪縛
稚児地蔵
〔人形佐七捕物帳〕
〔横溝ミステリはいかが〕
（2018.3.1）
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